群雄割拠の男子とは対照的に4強が盤石の地位を確立し、中でも絶対女王・鈴木未紘が独走する組手女子。日本代表コーチとして選手を見守ってきた将口恵美チャンピオンは、現在の女子をどう分析しているのか。「重量級や軽重量級でもスタミナがあり、動ける選手が増えた」と、高いレベルでしのぎを削る令和の女子戦線を掘り下げていく。
―― 昨今の組手女子部門の印象はいかがですか。
「すごくいいと思います。とくに4強はそれぞれの組手スタイルを確立していますし、大会を追うごとに成長が見えます。努力していることが感じられる選手が多い印象ですね」
―― お話に出た女子4強は、世界大会や全日本大会でベスト4を独占しています。
「まず、みんな身長が大きいですよね。私は160㎝で重量級だったんですけど、その階級に対して高身長の選手が増えていると思います。昔の女子は、軽量級でも中量級でも強い選手は無差別で勝てていたんです。でも今は男子と同じように、体格差を跳ね返すことがなかなか難しい時代になってきていますよね」
―― かつては中量級の加藤(山本)小也香選手や南原(緑)朱里選手も、全日本王者に輝いています。
「昔の重量級選手はパワーがある一方、スピードやスタミナ面で下の階級の選手が上回り、延長で負けてしまうパターンが見られました。今は小さい頃から空手をやっているというのもありますし、稽古法や技術が向上しているのも相まって、重量級や軽重量級だけどスタミナがあり、動けて、突きも蹴りも出せるという選手が増えてきました。その代表格があの4人だと思います」
―― 4強の中でも、ひとり抜けているのが鈴木未紘選手です。強さの秘訣はどこにありますか。
「気持ちと体の強さですよね。話を聞いていると、鈴木選手はかなり早い段階で空手がつらかった時代を抜けているじゃないですか。今はトレーニングすらも楽しくて仕方がない、みたいな。そのモチベーションがあればいくらでも稽古ができますし、試合自体に対してもネガティブな感情が全然ないとなったら、それはもう最強のメンタルですよね」
―― たしかにいつも前向きですね。
「鈴木選手のインタビューを読むと、次はこうしたい、もっとこうしないといけなかったとよく話していますよね。チャンピオンになってからも、ずっと勝ち続けるために必要な考え方だと思いますし、つねに省みるのは正しい方向性だと思います。鈴木選手の場合は、あの年齢で反省にポジティブさが入っているのがすごいです。私はどちらかと言うと、ネガティブな感情でやってきたので(笑)」
―― もうひとつの長所である体の強さについてはいかがですか。
「鈴木選手の試合を観ていても、石のように動かないですよね。ただ体が強いではなく、心から強いじゃないですか。『ふたつの柱』がドンと立っているような感じですよね。たとえ体幹が強い選手でも、気持ちに脆さがあったり浮き沈みがあったりしたら、それが試合でも出てしまいます。気持ちがなければ稽古もできないわけじゃないですか。あらゆる面で体を動かすのはメンタルなので、その強靭なメンタルと、メンタルによってつくられ、動かされている体という2本柱が鈴木選手にはあると思います。でも鈴木選手も同じ人間ですし、それぞれの選手は持ち味の違う組手スタイルがあるので、メンタルや体幹といった土台の部分で少しでも鈴木選手に追いつけるようにがんばって、それプラス自分のよさを伸ばすことをみんながやっていったら、おもしろいトーナメントになると思います」
―― 前回大会準優勝の目代結菜選手に関してはいかがですか。
「上段を蹴れて回り込みもできて前に出ることもできるので、トータルでは一番バランスがいいのかなと思います。合宿でもいい動きしていることが多いですし、相手を見て合わせるのもすごく上手です。ただ、試合で力が入りすぎると顔面殴打の反則で負けてしまうパターンが続いていますよね。彼女はメンタルトレーニングもしていて、大会前も『すごく試合が楽しみです』という気持ちの持っていき方はできるので、すごくもったいないと思います。メンタル、技術、どちらに原因があるのか。もしくはその両方なのか。本人がどこまで掘り下げて解決できるかにかかっていると思います」
―― なるほど。
「メンタルはネガティブなほうだけではなく、ポジティブなほうにも心を揺らさないことが大事なのかなと思います。『絶対に勝つ』という気持ちはポジティブな感情ではあるんですけど、それで肩に力が入ってしまうならば、接戦になった時に反則につながる可能性もありますからね」
―― 前回大会3位の藤原桃萌選手は、WFKO世界大会でも重量級3位に入賞しています。
「昔からずっと見ていて私自身も2回くらい闘っていますけど、恵まれた体格を活かしきれていない時期もあったと思います。この数年はものすごくやる気に溢れていますし、それが活躍につながっていると思います。途中、ヒザの大ケガもありましたけど、それを乗り越えて稽古もすごくがんばっています。年齢的にもケガや挫折を乗り越えたという意味でも、今は心技体が一番揃っている時なんじゃないかなと思います」
―― 鈴木選手とは昨年だけで3回闘い、いずれも接戦になっています。
「去年の全日本で鈴木選手と闘った時は、突きも蹴りも出ていてすごくいい組手だったと思います。重量級ですけど、体が柔らかくて上段も蹴れるんですよね。たしかKCCだったと思うんですけど、藤原選手が上段廻し蹴りを蹴った時に、会場がオッと湧いたんですよ。あの上段がもっと欲しいですよね。仮に倒せなかったとしても会場は湧きますし、それが今の女子フルコンタクト空手に足りない部分だと思うので」
――WFKO世界大会で軽重量級のチャンピオンになった、網川来夢選手はいかがですか。
「もともと縦の攻撃が得意でしたけど、WFKOでは以前と比べて技に腰が入っていて、すごくよくなっていました。とくに前蹴りですね。前までであれば、網川選手が入ろうと思っても目代選手に合わされて、攻めきれなかったんです。今回は崩される回数も減っていましたし、かつ右の下段をいいタイミングで目代選手に当てていました。試合の組み立てがよかったと思います。網川選手は上段ヒザが蹴れるので、藤原選手と一緒で倒せる組手ができるんじゃないかという期待もあります」
―― 今大会でも4強優位は変わらないですか。
「そうですね。ほとんどのAIN選手は情報がないので未知数な部分がありますけど、たとえどんな選手が来ても、あの4人なら何とかできるだろうという安心感がありますね」
―― 4強以外の注目選手は?
「久保田道場の水谷藍選手ですね。身長も160㎝ありますし、18歳という年齢にそぐわぬ冷静さ持っていると思います。無差別級でどうかというところがポイントになりますけど、お姉さんの水谷恋選手は無差別でもあれだけやれていますし、久保田道場の選手は安定した足腰がありますからね。同じ山にいる冨村日花選手や山中咲和選手にとっては、かなりの強敵になるのではないかと思います。あとは、復帰戦のJFKO国際大会で優勝した野邑心菜選手ですね。藤原選手と対戦するところまでいったら、どんな試合になるのか楽しみです」
―― WFKO世界大会を観て、どんなことを感じましたか。
「日本代表として世界大会に出場したメンバーは、みんな本当に強くなっていたイメージがあります。山中選手も軽量級で準優勝しましたし、小嶋夏鈴選手も最後に負けてはしまったんですけど、強くなっていました。それぞれの成長を証明できた大会だったと思います」
―― 全日本大会で勝つためのポイントは何ですか。
「これは合宿でも毎回言うんですけど、3つ以上の技を持つことですね。一昔前の女子は、2つの選手が多かったんです。突きと内股だけ、突きとヒザだけ、という感じだったので、攻略しやすいんです。突きと下段とヒザとか、突きと下段と前蹴りとか、最低3つは使える技を持っていないと勝てないと思います。その上で、女子でも倒せる組手、効かせる組手を目指してほしいなと思います」
第57回全日本空手道選手権大会
【開催日】2025年10月18(土)、19(日) 両日 9時開場、10時試合開始
【会場】東京体育館(JR総武線千駄ケ谷駅、大江戸線国立競技場駅)
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