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広島支部の三本の矢が、世界大会で飛躍する

2015.10.30
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 小学生時代に道場で繰り広げた〝世界大会ごっこ〟から約20年。島本兄弟が日本の期待を背負い、世界の檜舞台に立つ。
 ともに6歳の時、父の薦めで道場の門を叩いた。入門当初こそ右も左も分からない状況に戸惑うこともあったが、兄・一二三の意識の高さは他の道場生とは一線を画していたという。
「入門当初から、こちらが何も言わなくても率先して稽古でも何でも動いていた」
 大濱博幸師範の言葉通り、道場にはいつも一二三の声が響いていた。少年部では最年長。すぐ上の先輩となると10歳は離れていた。「最初からそういう環境だったので、下の子に手を抜いている姿は見せられなかった」と、責任感とともに歩んだ少年時代を振り返る。
 小学4年生になると、弟・雄二も道場に姿を現わすようになる。少年部のリーダーとして、一二三の意識がさらに高まったのは言うまでもない。
「兄がさぼれば弟にも絶対に影響が出ます。当時、指導していただいた村瀬(剛史)先輩への憧れや、強くなりたいという気持ちが一番なんですけど、そういう後ろからの圧力も自分の力になりました。いま考えると良い環境で、体だけではなく自然と心も強くしてもらったような気がします」
 この頃から、すでに一二三は世界大会をイメージして稽古に臨んでいた。冒頭の世界大会ごっこは、その意識の表われだろう。子ども心とはいえ4年周期の大会をシミュレートし、選手としてのピークを迎える第11回大会での優勝を想定していたというから驚きだ。
「自分がゼッケンの一番大きな数字。雄二が1番を背負うという設定でやっていました。雄二とは年が4つ離れているので、小学生時代は明らかに自分のほうが強いですよね。『はい、始め』と言って、すぐにバーンとやっつけて『優勝!』というのが、いつものパターンでした」
 早い段階から空手道を突き進む一二三とは違い、雄二の意識が変わるまでには、やや長い月日を要した。小学校の6年間は「正直なところ辞めたくて辛い毎日だった」という。それが中学1年生になって出場した大会で、がらりと心が一変した。
「いまは学年別や体重別という部門がありますけど、当時は中学生の部は1~3年生までがすべて一緒でした。そこで自分が1年生の時に3年生の全日本王者の子にボコボコにされたんです。もう手も足も出ないくらいの負け方で、それがすごく屈辱的で『同じ中学生に負けてたまるか』という悔しさが湧いてきたのが、すべての始まりです」
 すぐにでも辞めたかった空手だが、その日を境に雄二の姿が道場から消えることはなかった。来る日も来る日も、稽古に明け暮れる毎日。エースとしての第一歩が踏み出された瞬間だ。
 そこからというもの、兄との二人三脚は日増しに熱を帯びていった。全中国大会を制する頃になると、島本兄弟の名も方々に知れ渡るようになる。
 05年に10代選手の強化プロジェクト「ユース・ジャパン」が発足すると、第一期主将に一二三が選出された。少年部時代と同様に、自然と世代間を引っ張るリーダーとなる。地位は人を育てると言うが、一二三の場合もその典型的な例といっていい。
 兄が全日本大会で結果を残し始めると、雄二の心にもさらに火が点いた。大学生になるころには、明確な目標として世界を意識するようになった。
「ずっと兄に追いつき追い越すぞ、という気持ちでやってきました。自分が今どの位置にいるか、兄と稽古をすることで、それがわかりますし、つねに目指す目標でした。相当、稽古ではボコボコにされましたけど」
 高いレベルで切磋琢磨を続ける二人の姿は、道場内にも好影響を及ぼした。雄二から数え4学年下となる大下郁真が、次世代を担う旗手として台頭。一二三は早い時期から、大下の突き上げを感じていた。
「入門時から意識が高かったです。口数は少ない子だったんですが、黙々と稽古をこなしていました。体は小さかったですけど、負けん気が強かった。試合の結果だけでいえば郁真より上の子はいましたけど、根性では勝っていましたね。やはり空手は心です。心をしっかり持てば、突き抜けてくるんだと思います」
 弟の存在が成長の糧になったように、雄二にとっても大下の存在は大きかった。
「郁真がいることで、稽古でも気は抜けません。拳立てひとつ取っても、苦しい時に郁真が動いていたら止めるわけにはいかないですから。一回でも自分が多く、という意識になるんです。そこで自分ががんばると、今度は兄も手を抜けなくなる。この相乗効果は大きかったですね」
 師範の目が届かない時でも、彼らが稽古で手を抜くことはなかった。互いを意識することで、つねに道場内に緊張感が走る。三選手そろって世界大会の切符を掴んだ背景には、幼少時代からのライバル意識が隠されていた。
 武道回帰を掲げる第11回世界大会では、日の丸戦士の中心に雄二を筆頭としたユース世代が据えられている。頼るべきは先輩ではなく自分自身。幾多の試練はあったものの、最高の舞台を前にして三人の準備はすでに整っている。
「自信ではダメ。自信を確信に変えるまで稽古しなさい」
 一二三は鈴木国博師範のその言葉を胸に、死に物狂いで突っ走ってきた。大下も島本兄弟と同じ道場に入門したことを運命と感じ、広島勢による表彰台の独占、そして世界の舞台での世代交代を目標に掲げている。
 主将として臨む雄二にも、心の迷いはない。足の骨折などで、一時は島本時代が揺らぐこともあった。しかし、意識とともに生活環境を一変させることで、かつての勢いを取り戻した。背負うナンバーは「164」。世界大会ごっこで兄が付けていた番号を背負っての大一番だ。
 決戦まで待ったなし。三人の思いを代弁するように、一二三は最後にこう付け加えた。
「想像していたゼッケンは違うとはいえ、世界の舞台に立つという目標は現実になっています。これまでも雄二や郁真と目標を定めて、それを少しずつクリアしてきました。雄二は日本のエースとしてのプレッシャーもあるでしょうけど、三人とも万全の状態で臨んで結果を残したいです。強く想えば、願いは叶いますから」
 一人では挫けそうなことも、三人で支えあうことですべてを乗り越えてきた。くしくも彼らの拠点である広島は、かつて毛利元就が支配していた地域。結束して武道を追求する様は、かくも有名な「三本の矢」の教えを彷彿とさせる。
 はたして少年時代に描いた青写真は、20年という時を経て現実のものとなるのか。人事は尽くした。あとは天命を待つだけだ。


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「マス大山メモリアルカップの優勝が自信になっています。そこで対戦した選手も世界大会に出場しますし、実績のある選手も出てきますけど、世界一になるつもりでいるので気後れするようなことはないです。調整も万全です。
以前は通常体重が75㎏前後で、試合の時は70㎏まで落ちてしまいました。増量するために冬に80㎏まで上げて、今は77~78㎏くらいをキープしています。世界大会には最低でも75㎏前後で出場するつもりです。
島本兄弟の出場は当たり前だろうという感じでしょうけど、自分も絶対にそこに割り込んでやるという気持ちでずっと稽古を積んでいました。二人と同じ道場に入門したというのも何かの縁というか運命だと思いますので、三人で表彰台を独占します。
ライバルと言ったら失礼かもしれないですけど、島本兄弟を倒して自分が世界一になります。いつまでも島本兄弟に次ぐ三番手という認識ではダメですから、勝つことで世代交代を成し遂げます」


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「世界大会は一番、思いが強い大会です。小さな頃からずっと選手としてのピークを迎える、この第11回大会のことを考えていましたから。4年前は未知の世界という部分もありましたけど、ワールドカップなどでも経験を積みましたし、今回は優勝以外、考えてないです。
毎回、優勝を目指すと言って結果がついてきていないですけど、その分いろいろなことも学ばせてもらっているので世界大会では、その集大成を見せたいと思います。
テーマは下剋上です。もちろん若い選手を引っ張るという気持ちですけど、下からの巻き返しですね。ユース世代で王座が海外に初流出ということになったら、これまでの先輩方に合わせる顔がないですから。絶対に日本が、そして自分が王座を死守するという気持ちでいます。
兄弟で決勝戦という夢が難しいことは重々わかっていますけど、でも不可能ではないですから。わずかでも可能性があるなら、あきらめずにそこを目指したいと思います」


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