2025年3月22日、神奈川北支部あざみ野道場にて、昇段審査を受審しました。
拳立て、スクワット、筆記、移動、型、そして十人組手。
悔いが残らぬよう、全力を尽くしました。
そしてその翌日の3月23日、加藤健師範から「合格」の通知を頂きました。
感無量。
しばらくは余韻から逃れられそうにありませんが、これはゴールではなく、修行の出発点として、今後も心技体の向上を追求する所存です。押忍
私、小林直樹が空手を始めたのは2001年9月。
年齢30を迎えるタイミングで何か新しいことを始めたいと思う中、出会ったのが空手でした。
「格闘技」という範疇で言えば、小中学生の頃は相撲やプロレスをするのも観るのも大好きで、高校生の頃は柔道部に所属しました。
20代の頃は日本中がK1や総合格闘技ブームで盛り上がり、私も夢中でTV観戦しました。
格闘技は比較的身近に感じてきたそれまでの半生といえますが、なぜか「空手」には「ハマる」きっかけがありませんでした。
梶原一騎(高森朝雄)作の「タイガーマスク」や「あしたのジョー」には子供の頃にも夢中になりましたが、「空手バカ一代」には接する機会がなく、どこかいかついというか、おどろおどろしい印象を抱いておりました。
それが「30歳からのお習い事探し」の過程で、近所に「城南支部江田道場」があることを知り、なんとなく興味を抱きました。
とある日、おそるおそる道場訪問し、体験入会しました。
一歩道場に足を踏み入れると外界とは全く違う世界があり、その中で老若男女が稽古を通じて心身の限界に挑戦するという「一つの文化」に衝撃を受け、何よりも加藤先生の人柄に惹かれ、すぐに入会を決めました。
以来、こつこつと稽古を続けました。
40代になり、茶帯を巻くようになってからは、積極的に対外試合にも出場するようになりました。
一回戦負け、二回戦負け、時には2回、3回と勝ち進み入賞に手が届くこともありました。怪我で1~2年単位で試合に出場できないこともありました。
40肩、左膝故障、50肩…。
それでも稽古には出続けました。
コロナで稽古もままならないこともありました…。
入会時と環境も変わりました。
レンタルスペースを借りての運用だった「江田道場」は2007年には常設の「あざみ野道場」となりました。
2021年には城南支部から独立して加藤道場となり、やがて神奈川北支部になりました。
自分にとって「いかつい輩の集うおどろおどろしい場所」という印象だった空手が、自らの情熱を注ぐライフワークの場所となりました。
そしてその母体である新極真会は、青少年育成、社会貢献、国際交流を実践する文化集合体として広く認知されていると、自然に思えるようになりました。
気が付くと四半世紀近い月日が流れていました。
そしてついに加藤師範から昇段審査の受審資格を頂き、挑戦し、合格することができました。
「十人組手」は本当につらく、途中、どうにかなってしまうかと思いましたが、完遂できました。
手を合わせていただいた道場性の皆様、応援いただいた皆様、ありがとうございました。
今後は「黒帯」として、加藤師範および黒帯の先輩のご指導を受けながら、後進の育成にも力を入れたいと思います。
そして体の許す限り大会にも出場し、自らの限界にも挑み続けたいと思います。押忍